2012年7月27日金曜日

<昭和>を思い出しているとき(大塚 あすか 作文)


 だってあの人、昭和だもん。
 けっこうな頻度でこの言葉を口にしていることに気づいた。誰かが言うのを聞いて、響きが面白いので真似しているうちに体に染みついてしまったのだろう。
 地位や権力をたてに無理をきかせようとする人。人目を気にせず道路につばを吐く人。みんなが「フォーク並び」をしているのに、素知らぬ顔でレジ前に割り込んでしまう人。歩きたばこをしている人、しかも吸い殻を道路にポイ捨て。
 しょうがないよ。だって、昭和だもん。

 わたしが「昭和」を愚痴に用いるのとは対照的に、ポジティブな意味で「古き良き昭和」が語られることは少なくない。最近、昭和レトロを称して、昭和30年代へのノスタルジーを売りにしたお店や観光地を見かけることが増えた。ほぼ半世紀、それらの時代に育った人が過去を懐かしむようになるには十分な時間が過ぎたということなのだろう。
 美しい過去を懐かしむ「昭和っぽい」があり、時代遅れな様を非難したり揶揄したりする「昭和っぽい」がある。
 そもそも「昭和っぽい」って、何だろう。
 おそらく日本で生まれ育った人の多くが同じだと思うが、わたしは西暦と元号両方を、なんとなく使い分ける。例えば音楽やファッションなど、海外も絡めた文化の話をするときは間違いなく西暦を使う。一方、役所の手続きや会社の書類では、まだまだ元号が主流だ。これは、学校や企業の会計が年度単位で進んできた名残なのだろうか。「2012年度」よりも「平成24年度」の方が、しっくりくる。
 ときおり、西暦を元号に変換しなければいけない場面にでくわす。数字に弱いわたしは、頭の中ですんなり変換できず、まごつきながら指を折らざるをえない。そういうときは、元号と西暦の併用を不便だと感じる。でも、元号がなくなってしまったら、それはそれで寂しく思うことだろう。

 元号ってなんだろう。世紀のように、単位時間で区切られているわけではない。過去を総括して、共通の社会システムや文化で分類することとも異なっている。基本的には、ただの元首の在任期間。かつては飢饉や疫病に襲われたときに、縁起をかつぐかのように元号を変えることもあったらしいが、いずれにせよ元号それ自体は、意味のあるまとまりではない。
 けれど、名前がついてしまった以上、そこには意味が生まれてしまう。15年間しかなかった大正と64年にわたった昭和では、それぞれが含む出来事の量も、社会の揺れ動いた幅も異なる。それを無理矢理ひとまとめにして、総括する必要がどこにあるんだろう。それでも、名前がついているから、ついついラベルを貼りたくなってしまう。「大正っぽい」、「昭和っぽい」、ひとくくりに表現したくなってしまう。

 実のところ、わたしの思う「昭和っぽい」の中には、昭和の記憶でないものが少なからず含まれている。わたしが生まれ育った昭和50年代半ば以降は、そのまま平成に地続きだった。だから、年号が変わってもしばらくの間わたしは、昭和の人々が作ったシステムの中を、昭和の気持ちのままで歩いていた。そして今過去を振り返り、実際には平成に体験した物事までも「昭和っぽい」と感じてしまう。しかも、ある程度都会化された自宅での記憶と、昔ながらの生活が残り続けていた両親の田舎での記憶が入り交じって、ちぐはぐな昭和観となる。
 ぼっとん便所や五右衛門風呂がある昭和。蛍光灯は紐をひっぱって消すもので、夏にはその紐にはえ取り紙がぶらさがっていて、ときどき粘着シートが髪の毛にからまってしまい大騒ぎする昭和。スパゲッティがほぼ必ずケチャップ炒めにされていた昭和。かき氷やソーダを飲めば舌が毒々しい色に染まる昭和。長い長い休暇と「夏休みの友」。カセットを入れて遊ぶゲーム機も、バブル景気も、ウーパールーパーとエリマキトカゲや、渋谷系の音楽だって……。
 元号が変わったことを頭では理解しながら、実際は昭和の中を歩き続けていたわたしが平成に足を踏み入れたのは多分、14歳くらいの頃。そこに至ってようやく、わたしは呼び起こした思い出を「昭和っぽい」と思わなくなる。

 わたしが愚痴混じりに「あの人昭和だから」と言う場合、文脈はネガティブなだけども、行為自体はポジティブなものだ(と少なくとも自分では思っている)。その人の生まれ育った時代の背景を考えると、多少今とそぐわなくても仕方ない、その人が悪いわけではない。そういう意味合いを込め、ちょっと諦め気味に、笑いながらつぶやく。すると、怒りが消える。時代に責任転嫁してみるのも、ディスコミュニケーション解消のためのテクニックかもしれない。
 会社で「平成生まれの新入社員」を見かけることが増えてきた。今は年上への愚痴を「昭和っぽい」で片付けようとするわたしはやがて、年下の人間とのコミュニケーションに行き詰まったとき、こうぼやくのだろう。
 しょうがないよ。だってあの子、平成だもん。