2011年6月20日月曜日

転換期を生きる私たちへの問い(スガモリアサコ書評)

「現在」がどのような時代であるのかを客観的にみつめることは難しい。人は都合の悪いことから目を背けてしまいがちであるし、時代を説明するときに用いる言葉そのものがどうしても時代の影響を受けてしまう。本書は、会社経営者である著者が統計と実感に基づき、転換期にある「現在」の日本の状況をできるだけ正確な認識で把握しようと書いた本である。

現在の日本では人口の減少、経済成長の停滞が由々しき事態とされている。政府が、企業が、日本経済を再び成長路線に戻そう、経済を復興させるために出生率を上げよう、と声高に言う。発言の前提には、「経済は右肩上がりに成長するもの」「人口は増やすもの」という考えがあるが、著者はそこに疑問を投げかける。

統計で、戦後日本60年間の経済成長と総人口の推移をみると、ほぼ20年周期で変化していることがわかる。高度成長時代と言われた’56年〜’72年は年平均9%の成長を遂げていたが、‘72年のオイルショックや‘91年のバブル崩壊を経て成長は鈍化し、'08年のリーマンショック以降はマイナス成長となりつつある。一方、人口推移は’06年に総人口のピークをむかえ、以降は急激に減少している。

この状況を説明するにあたり、著者はフランスの人口学者であるエマニュエル・トッドが唱える「収斂仮説」を参照し、「成長の鈍化、人口の減少は日本がダメになったから引き起こされたのではなく、経済発展と民主化のプロセスで人口が増え、成熟とともに出生率が下がっている」のだと指摘する。そして問題なのは、成長戦略がないことではなく成長しなくてもやっていけるための戦略がないことだと言う。長い日本の歴史を遡っても、人口が減る局面をむかえるのは初めてのこと。今の私たちは先例のない時代を生きていることを認識し、その意味を考えるところから始める必要がある、と提言する。

本書を最後まで読み進めても、こうすれば良いという具体的な方策は示されない。事実を積み重ね、冷静に現状分析をし、問いを開く形で終わる。著者のもとには明確な結論がないことへの批判が寄せられるそうだが、そこは読み手の一人ひとりが問いを受け止めて考えることではないだろうか。3月11日の東日本大震災以降、社会はさらに大きく揺れている。この混乱を経てどのような価値観を築いていくのか、本書に議論のきっかけが示されているように思う。

(平川克美『移行期的混乱——経済成長神話の終わり』筑摩書房、2010年)