2011年5月16日月曜日

森と詩人のロゴス (原瑠美書評)

本書は森との関係という一貫したテーマを通して、西洋文明と、それを形作る人間とはどのようなものかを見極めようとした冒険的な著作である。様々な形で表現されてきた森が語られる中で特に印象的なのは、森と人間の言語活動、とりわけ詩との深い関係が強調されている点だ。著者は詩人、アンドレーア・ザンゾットを訪ね、二人で原生林を歩いたときに本書の着想を得ている。

「古くから続く森はザンゾットの記憶の相関物。森が跡形もなく消えるとき、詩人ザンゾットも忘れ去られてしまう」

森の記憶は、人間以前の存在であった巨人たちが、突然とどろいたゼウスの雷鳴に驚いて天を仰ぎ、それまで暮らしていた森の外の世界の存在を初めて知覚するところに始まる。著者はこれを「ロゴス、すなわち意識の地平の顕現」と呼ぶ。「ロゴス」とは「関係」を意味するギリシア語だった。森という無の中に暮らしていた巨人は、この神話の中で初めて外部との関係から自己を認識する。

神の意思を示すのは雷をはじめとする空からの啓示であり、厚い枝葉でその言葉を遮る森は、神への冒涜と考えられるようになった。森が切り開かれ、都市が形成されると、残った森は都市の秩序の外部として恐れられ、狩猟の場や木材などを提供する有用性にばかり目が向けられるようになる。こうした人間と森との対立について考えると、「自然界の理法にはない言語という事象」に行き当たると著者は言う。言語により自然を超越すると同時に、自然から疎外された人間は、ロゴスによりそれぞれの居住する土地にかろうじて関係づけられている。しかしロゴスは言語の生みの親でもある。

ロゴスとは何か、という問いに答える代わりに、本書はザンゾットの詩で結ばれる。人間と自然との複雑な関係は、詩作に凝縮されると著者は考えているようだ。

「詩は気候や環境の変化が精神に及ぼす影響をも書き留める。(中略)最良の現代詩は一種の精神的生態学だ」

森という外部なしに人間の内部はなく、文明や都市や歴史もありえない。両者は互いにロゴスという解読不可能な深い意味によって結ばれている。森に対して破壊的にも創造的にもなるロゴスという力を、創造的に働かせることがこれからの人間の責任であると著者は言う。この責任を、詩の世界で果たそうとする詩人と、その姿に鼓舞される著者の言葉に触れて、読者もまた、周囲の自然との関係をもう一度考えてみることができるのではないだろうか。

(ロバート・P・ハリスン『森の記憶』金利光訳、工作舎、1996年)