2011年1月20日木曜日

縁の下の力持ちたちの話 (大内達也書評)


ミミズの話である。小惑星探査機「はやぶさ」の話でも、ips細胞を基にした画期的再生医療の話でもない。雨上がりの歩道や釣り餌として見慣れた、あまり興味をそそられない生き物だ。ところが、本書を読むと、ミミズたちは驚くべき大きな仕事をし続けていることを知らされる。それも私たち人間の生活の直接かかわりのある大仕事を。

今から一七〇年以上前に、ミミズの偉業に着目した科学者がいた。チャールズ・ダーウィンである。彼はビーグル号の航海を終えると、『人間の由来』や『種の起源』といった大著の前に、ミミズの糞が表層土を盛り上げてゆく働きを目の当 たりにして、後に『肥沃土の形成』という本の基礎となる論文をロンドン地質学協会に発表している。

ダーウィンはミミズの糞、すなわちミミズが消化管内に取り込んで排出する土の量を一エーカー(約一二〇〇坪)当り年間一八トンと推計している。域内に五万匹以上のミミズがいるという計算だ。当時の科学者たちの多くがダーウィンのこの説を相手にしなかったが、今日の科最新科学では、一エーカー当り百万匹という数字が妥当とされ、ナイル川流域のミミズは一エーカー当り千トンもの豊穣な土を堆積させるという。土をより分けて腐敗しかかった有機物のかけらを捜し、土や砂粒とともに呑み込み、トンネルを掘って酸素と水の通り道を縦横無尽に形成してゆくという仕事のおかげだ。

著者は書く。「いつも家にいて、もっとも身近な自然を驚きをもって丹念に調べている酔狂なダーウィンの姿を想像するのが私は大好きだ。晩年の彼は、ときおり体力や気力に衰えを感じつつも、それまで広大な世界に向けていた科学的な関心を、わが家に、わが家の庭に、その土に向けたのだった」

今世紀に入って数回しか発見されていない巨大パルースミミズは体長六〇センチ以上にもなるという。ダーウィンが研究対象としたナイトクローラーという名のミミズも神秘的で興味が尽きない。こうしたミミズに魅せられた現在の科学者たちの取材談も楽しい。ミミズ・コンポストを発展させ、彼らの力を借りて、人間が出すゴミや排水を浄化して自然に戻そうとする研究も進んでいるという。ミミズの底力を知るのはまだまだ先の話だ。

(エイミィ・ステュワート『人類にとって重要な生きもの ミミズの話』今西康子訳、飛鳥新社、2010年)