2011年12月14日水曜日

反抗と笑いの黒(原 瑠美 書評)

戦争、暴力、ヴェール、石油。その国に行ったことのない私にとって、イランは黒のイメージだった。ベタ塗りの画面を多く使ったこのマンガも、一見するとイメージ通りの暗い印象なのだが、ひとたびページを繰りはじめると、その黒の表情の豊かさに驚かされる。笑う子供たちの大きな口、パパのキャデラック、白髪になる前のママの髪、ときおり神様が訪れる夜の寝室。そんな黒にひきつけられて、上下二巻におよぶ自伝物語は一気に読めてしまう。

作者のマルジことマルジャン・サトラピは一九六九年、イランの裕福な家庭の一人娘として生まれた。首都テヘランのフランス語学校に通い、リベラルな両親のもとで子供の頃からたくさんの本を読んで育つ。イスラム革命直後の一九八〇年、十歳のマルジが通う学校の描写から始まるこの物語は、日ごとに激しくなる市民への暴力と戦争の恐怖、戦渦を逃れてひとりぼっちで暮らした留学生活の困難を描きながらも、最後までコミカルなタッチを失わない。

マルジの日常は子供らしい反抗と笑いに満ちている。学校ではヴェールをおもちゃにして遊んではしかられ、苦行を重んじる宗教儀式を茶化してはまたしかられる。それでいてその語りが決して真剣さを失わないのは、自分と社会とを理解しようとする、彼女の真摯な態度のためだろう。ことあるごとに、マルジは知識を広げるため読書に向かう。本を読むだけではあきたらず、刑務所の独房を水没させる拷問があると聞くと体がふやけるまでお風呂に入ってみるし、政府に反対して処刑されていく人々のことを知ると、むせ返りながらたばこを吸って反抗について考えてみる。そんなマルジの気丈さは、ときに彼女を窮地に追いこむこともある。留学先のウィーンでは差別的な発言をした尼僧にくってかかって寄宿舎を追い出され、その後恋人の浮気を知って下宿を飛び出したときは数ヶ月の路上生活を余儀なくされる。しかし帰国と結婚、そして離婚を経てもマルジの自己教育と反抗の力は衰えることなく、どんどん前へ進んでいく姿は晴れ晴れとしてたくましい。

反抗とは他者に対する最も誠実な姿勢だ。自分を偽ることなく、衝突を恐れることなく、未来へと道を拓いていく決意だ。暴力にさらされ、人々の自由が制限され続ける中で、それでもイランとそこに暮らす人々を愛し、いつも新しい仲間と笑いを見つけていくマルジの想像力に彩られて、この本の黒はみずみずしい力をたたえている。

(マルジャン・サトラピ『ペルセポリスI、II』園田恵子訳、バジリコ、2005年)